静岡トヨペット社長 平光敬和のブログ【夢の途中】

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2020.02.28

平光さんの想い

7年前の今日

 

丁度7年前の今日、2013年の2月28日、それまでの務め先の台湾和泰汽車(わたいきしゃ)(当時は、副董事(ふくとうじ)(ちょう)という役割をいただいていました)、(こく)()汽車(きしゃ)(同じく董事(とうじ)(ちょう)の役割をいただいていました)を「卒業」させていただき、台湾から日本(中部国際空港)へ、そして愛知県の「自宅」から静岡へ参りました。

台湾赴任から飛んで帰国し、愛知の自宅を「かすめ」、そのまま静岡に住民票を移させていただきました。

そしてあっと言う間の丸7年。今年の6月で満65歳となります。この「夢の途中」ブログも、今回、そして3月13日(第2金曜日)、3月27日(第4金曜日)の3回で「区切り」とさせていただきます。

(ふで)」が遅く、HPにアップし続けていただいた秘書さんたちには、大変なご苦労をおかけしました。

また、読みづらく、内容も乏しいブログに、「楽しみにしている」と仰っていただきました「ごく僅かな」(笑)読者の皆様、これまでおつき合い賜り誠にありがとうございました。

 

さて、今回を入れてあと3回でありますので、勝手気ままなテーマと内容で。(今までとちっとも変わらない?・・・汗)今回のテーマは、やっぱり「(うん)」と「(えん)」。

私の人生はもう全て、「運」と「縁」だけみたい。前もって(はか)って計画して、そして意図した活動(多少の努力と・・・笑)によって生じた成果の結果は殆どありません。

出会い頭で出会った「出来事が」、ことごとくと言って良い程、皆様の導きによる「運」と「縁」で、まるで当初からの予定調和のように「今日」を迎えています。

 

岐阜県岐阜市の出身で、本荘小学校・本荘中学校卒業。何と本荘中学校の「後輩」に前職時そして今と、コンサルティングのご指導をいただいています(まったく偶然の出会いです。)岐阜高校の同級生は何と、お互い何の地縁(ちえん)も無かった静岡で、自動車販売会社の「社長」と、謀国立大学の「学長」さんとして出会い、仕事をさせていただいています。3年前の高校の同窓会で、互いに「今」の勤務先を紹介して、腰を抜かし合いました。母の実家が、岐阜の郡上八幡で「饅頭屋」を営んでおりますこと、数年前に亡くなりました父が岐阜の温泉の水質検査などしておりましたこと、妻の父が以前、「樹脂射出成形機」を制作する会社の社長をさせていただいていたこと、私自身が前職の会社で、自動車部品の「購入」そして「販売」、そのあと「人財育成」のお仕事を担当させて頂いてから台湾へ赴任させていただいたこと、日系損保会社様の台湾駐在の方が、私と同じ趣味の「熱い方」で、静岡に赴任しましたら、「テレ静賞」がございましたこと。

「鮪」いのち(・・・)と言う程にまぐろ好きである娘の父である私が、清水港の静岡で仕事をさせていただくことになったこと(笑)。(美代司鮨さま、ありがとうございます。)

 

美代司さん入口.JPG    美代司さんご家族.JPG

 

まぐろのお鮨.jpg

 

 もう、その殆ど全てが、とてもとても素晴らしい「お人」との出会い、そのことによる運と縁に恵まれて仕事を続けさせていただいております。どう恩返しをしようにも、「いっぱいのご恩を受けた方々への恩返し」はとてもとてもしようがなく・・・。こののち出会う皆さまに少しでも「報恩」できればと。

 それでも、ご恩になった皆様の中で、とりわけこの方に心からの御礼を申し上げたいのは、()ネッツトヨタ中九州の西治三郎様。こう申しあげると、「何で俺?」って聞こえてきそうですが、西さん、西さんです。本当にありがとうございます。失礼な言い方かも知れませんが、互いに更に成長していきましょうね。(もうお一人、言葉にできない方のことは「言葉にできません」。)

さて、どう恩返しの旅を続けましょうか。この続きは、3月13日金曜日のブログにて。